JR新駅名「豊岡だるま駅」に
高崎だるまだけでない各地のユニークなだるまたち
群馬県高崎市の「あなたの街の看板屋さん」未来社のHMです。
新駅の駅名が「豊岡だるま駅」に決定
この投稿を下書き中に弊社の最寄駅となる新駅(2026年末開業)の駅名が「豊岡だるま駅」となることが発表されました!だるまなどの工芸品を駅名に取り入れるのは、JR東日本では初めてだということです。アンケートでもダントツトップだったそうで、地域に愛されている証のような駅名となります。
だるまといえば「高崎だるま」しか知りませんでした
高崎だるまのお膝元で生まれ育ったせいか、世界で「だるまといえばコレ一択」と刷り込まれ、日本各地にも多種多様なだるまたちがいることを知りませんでした。
前回の「デザイナーズだるま」などの先進的な試みを紹介しましたが、今回は各地で古くから大事にされてきただるま達をご紹介します。
まずは、だるまといえばコレ!
高崎だるま(群馬・高崎)
歴史
• 起源: 高崎だるまは、江戸時代後期の寛政年間(1789-1801年)に山縣友五郎が豊岡村で始めたとされています。当初は座禅像に近い形でしたが、養蚕業の発展とともに現在の丸い形へと変わっていきました。
• 発展: 友五郎の後、葦名鉄十郎盛幸などの職人が技術を磨き上げ、多くの職人が豊岡地域でだるま作りを行うようになりました。
特徴
• デザイン: 高崎だるまの最大の特徴は、眉毛が鶴、髭が亀を表現していることです。これらは「鶴は千年、亀は万年」という縁起の良さにちなんでいます。
• 用途: 商売繁盛や家内安全などの願掛けとして使用され、様々な色やサイズがあります。色によっても意味が異なり、例えば黒は黒字祈願、金色は金運祈願を表します.
現在
• 生産と普及: 高崎だるまは全国のだるま生産の約8割を占めており、70名以上の職人がその伝統を継承しています。2006年には地域団体商標として登録されました。
• 高崎だるま市: 毎年1月1日から2日にかけて、高崎駅西口で「高崎だるま市」が開催され、多くの人々が新しいだるまを求めて訪れます。
高崎だるまは、その歴史と文化的背景から、日本を代表する縁起物として広く親しまれています。
十勝ダルマ(北海道)
十勝だるまは、北海道の十勝地域で作られる郷土玩具です。このだるまは、黒曜石を彫刻して作られたもので、独特の風合いを持っています。黒曜石は、大雪山の火山活動によって形成された天然の石で、約150万年前に生まれたものです。
十勝だるまは、地域の文化や自然を反映した工芸品として、地元や観光客に親しまれています。黒曜石の持つ独特の光沢と硬さが、だるまに特別な魅力を与えています。
花巻だるま(岩手)
花巻だるまは、岩手県花巻市で作られる「花巻人形」の一種で、東北の三大土人形の一つに数えられています。この花巻だるまは、通常の達磨に加えて、童子が張り付いているか、抱えている姿が特徴的です。これは家内安全を祈願したものとされています。
花巻人形の特徴:
• 製作方法: 花巻人形は、職人が表型と裏型を合わせて一つ一つ型抜きで作る素朴な土人形です。
• 絵付け: 素焼き後に天然の胡粉や顔料・染料を使って絵付けされ、その風合いが郷愁を誘うとして愛好家に人気があります。
• 歴史: 花巻人形は江戸時代後期から約200年間にわたり作られており、京都の伏見人形や仙台の堤人形の流れを汲みながら独自に発展しました。
花巻市博物館では、約3,500点以上の花巻人形を所蔵しており、その多様性と魅力を紹介する展覧会も開催されています
松川ダルマ(宮城・仙台)
松川だるまは、宮城県仙台市で作られる伝統的なだるまで、以下の特徴があります。
特徴
• 青色の縁取り: 松川だるまは群青色で縁取られており、これは空や海を表現しています。青色は武士にとって高貴な色であり、もてなしの色でもあります。
• 最初から描かれた目: 一般的なだるまは願いを込めて片目を描きますが、松川だるまには最初から両目が描かれています。
• 豪華な装飾: 胴体には宝船や七福神の大黒様、恵比寿様などの装飾が施されており、非常に豪華です。
• 細身の体型: 他のだるまに比べてスラリとした細身の体をしており、「伊達男」とも称されています。
歴史
松川だるまは天保年間(1830~1844年)に伊達藩士の松川豊之進によって創始されました。彼が天保の飢饉の際に人々の心の拠り所として作ったとされています。
制作
松川だるまは、仙台市青葉区にある「本郷だるま屋」で作られています。この工房では伝統的な手法を用いて年間5000~6000体が制作されており、信仰品としてだけでなく民芸品としても人気があります。
平清水だるま(山形・山形)廃絶
平清水だるまは、山形県山形市の平清水地区でかつて作られていた伝統的なだるまです。このだるまは「縁起だるま」として人気があり、山形市の初市で販売されていました。しかし、現在では製造が廃絶されています。
平清水地区は陶芸の里として知られ、約200年の歴史を持つ平清水焼きの窯元が点在しています。この地域では、だるまだけでなく、こけしやえじこなどの木地玩具も作られていました。
三春だるま(福嶋)
三春だるまは、福島県三春町で作られる伝統的なだるまです。以下にその特徴と背景をまとめます。
特徴
• 形状とデザイン: 三春だるまは、頭が平たく、横幅に対して背が高い東北型です。顔には淡い色が施され、眉は長く、ヒゲが濃いのが特徴です。また、顔の縁取りには鮮やかな藍がかった青色が使われています。
• 目: 他の多くのだるまと異なり、三春だるまには最初から両目が描かれています.
• サイズ: 小さいもので5〜6センチメートル、大きいもので1メートルにもなります.
歴史と文化
• 歴史: 三春だるまは江戸時代中期から約300年の歴史を持ち、新春恒例の「三春だるま市」で販売されています。
• 三春だるま市: 毎年1月に開催されるこの市では、約60の露店が出店し、多くの人々が縁起物としてだるまを買い求めます。イベントでは三春太鼓やひょっとこ祝い踊りなども行われます.
白川だるま(福嶋)
白河だるまは、福島県白河市で作られる伝統的なだるまで、以下の特徴と背景があります。
特徴
• デザイン: 白河だるまは、他の東北のだるまと比べて丸みがあり、穏やかで福々しい顔立ちをしています。顔には「鶴亀松竹梅」が描かれており、眉は鶴、ひげは亀、あごひげは松、びんひげは梅、顔の下には竹が模様化されています。
• 色: 基本的に赤いだるまですが、最近ではモダンで可愛らしいデザインのものも登場しています。
• 目: かつては両目が入っていましたが、現在では購入時に片目を入れ、願い事が叶うともう片方の目を入れる「目なしだるま」が一般的です.
歴史
• 起源: 白河だるまは江戸時代後期に松平定信が産業振興政策の一環として奨励し、お抱え絵師の谷文晁がその意匠を考案したとされています。
• 文化: 白河だるまは300年以上の歴史を持ち、「白河だるま市」として毎年2月11日に開催され、多くの人々が訪れます。
川越だるま(埼玉・川越)
川越だるまは、埼玉県川越市で作られる伝統的なだるまです。以下にその特徴と歴史をまとめます。
特徴
• デザイン: 川越だるまの最大の特徴は、顔の横と眉毛に「寿」の文字が入っていることです。また、彫りが深く鼻が高い顔立ちをしています。
• 製作方法: すべて手作りで製作されており、伝統的な手法を用いています。そのため、一度に作れる数が限られています。
歴史
• 起源と復活: 川越だるまは明治時代後期から昭和40年代まで生産されていましたが、1975年に一度技術が途絶えました。その後、全日本だるま研究会の協力を得て、若手職人によって復活しました。
• 現在の製作: 現在は若手女性職人の矢嶋美夏さんが中心となって製作活動を行っています。彼女は伝統技術の継承を目的として活動しつつ、新しいデザインの開発にも取り組んでいます。
イベント
• 喜多院のだるま市: 川越市の喜多院では毎年1月に「初大師だるま市」が開催され、多くの種類のだるまが販売されます。このイベントは地域の正月の風物詩として親しまれています.
江戸だるま
江戸だるまは、地名としての「江戸」でなく「江戸時代」に発展したとの由来で呼称される総称ですが、ここでは東京の順番でご紹介。
江戸だるまは、江戸時代に日本で発展した伝統的なだるまの一種です。以下にその特徴と歴史をまとめます。
特徴
• 形状とデザイン: 江戸だるまは、倒しても起き上がる「起き上がり小法師」の形状を持ち、丸みを帯びた胴体に白い顔が特徴です。顔には豪快な髭と眉毛が描かれており、これらは鶴と亀を表すとされています。
• 色: 一般的に赤色が基調となっており、赤は魔除けの効果があると信じられていました。
歴史
• 起源: 江戸時代に中国から伝わった「起き上がり小法師」が基となり、日本では達磨大師の座禅姿を模しただるまとして発展しました。このだるまは不撓不屈の精神を象徴するものとして、七転び八起きの縁起物として親しまれました。
• 普及: 経済が成長した元禄期以降になると、町民経済も安定し、庶民も縁起物としてだるまを購入するようになりました。
江戸だるまは、その縁起の良さから多くの人々に愛され続けており、日本各地で様々なバリエーションが作られています。
松本だるま(長野・松本)
松本だるまは、長野県松本市で作られる独特のだるまで、江戸時代末期に誕生しました。このだるまは、かつて盛んだった養蚕業と深く結びついています。
特徴
• 顔のデザイン: 松本だるまは、ふさふさした眉毛と頬の丸い黒い髭が特徴です。これらは蚕の繭を象徴しています。
• 赤色の体と金色の文字: 体の正面には「大當(おおあたり)」という金色の文字が書かれており、これは当たり年を意味します。
歴史と背景
• 誕生と発展: 松本だるまは、養蚕業が盛んだった時代に、その繁栄を願って作られ始めました。昭和30年代までは養蚕農家を中心に人気を博していましたが、養蚕業の衰退とともに製造数も減少しました。
• 製造再開: 一時製造が中止されたこともありましたが、高崎だるまの生産が限界に達した際に、再び松本だるまが作られるようになりました。
現在の製造
• 現在、松本市内で松本だるまを製造しているのはわずか2件のみで、そのうちの1つが「布野恵だるま店」です。この店では年間約1,000個が製造されており、根強いファンによって支持されています。
鈴川だるま(静岡)
鈴川だるまは、静岡県富士市の鈴川地区で作られる伝統的なだるまです。以下に鈴川だるまの特徴と関連するイベントについて説明します。
特徴
• デザイン: 鈴川だるまは、ひげが控えめで穏やかな表情を持っており、優しい目鼻立ちが特徴です。これは、富士市の温暖な気候と地域の人柄を反映しているとされています。
• 製造: 杉山ダルマ店をはじめとする職人たちによって、一つ一つ手作りで制作されています。職人たちは無心でだるまを描き上げ、個々の作品に独自の個性を持たせています。
関連イベント
• 毘沙門天大祭: 毎年2月に富士市鈴川の毘沙門天(妙法寺)で開催される大祭です。この祭りでは、だるま市が開かれ、多くの訪問者が集まります。新型コロナウイルスの影響で過去には規模縮小や中止になったこともありますが、例年通り開催されることもあります。
法輪寺(だるま寺)のだるま(京都)
京都のだるまについては、特に「だるま寺」として知られる法輪寺が有名です。以下にその特徴と歴史を紹介します。
法輪寺(だるま寺)
特徴
• 大量のだるま: 法輪寺には約8,000体のだるまが祀られています。これらは全国各地から奉納されたもので、諸願成就や厄除け開運を願う人々によって集められました。
• 起き上がり達磨堂: 境内には「起き上がり達磨堂」があり、大小さまざまなだるまが所狭しと並んでいます。この堂は1945年に建立され、日本の戦後復興を祈念するために作られました。
歴史
• 創建: 法輪寺は享保12年(1727年)に創建されました。開基は両替商の荒木光品宗禎で、臨済宗妙心寺派に属しています。
• 通称「だるま寺」: この寺院は、達磨大師をモデルとしただるまが多く祀られていることから、「だるま寺」として親しまれています。
イベントと文化
• 節分祭: 節分の時期には多くの参拝者が訪れ、賑わいを見せます。また、11月1日には「達磨忌」が営まれます。
• 七転八起: だるまは「七転び八起き」の象徴として、日本文化において不屈の精神を表しています。
法輪寺はそのユニークな文化と歴史的背景から、多くの観光客や地元の人々に愛されています。訪れることで、京都ならではの伝統と縁起物文化を体感することができます。
玉島だるま(岡山・倉敷)
玉島だるまは、岡山県倉敷市の玉島地区で製造されている伝統的なだるまです。以下にその特徴と背景を紹介します。
特徴
• 不屈の精神: 玉島だるまは「転んでも起き上がる」特性を持ち、七転び八起きの精神を象徴しています。これは達磨大師の不屈の精神を具現化したものです。
• サイズとデザイン: サイズは小さなものから大きなものまで約15種類あり、最小は8cmの豆だるま、最大は60cmです。製造過程では、型に合わせて原型を作り、胡粉(ごふん)の白をベースに赤い顔料を塗り、乾燥後に顔の髭や口を描きます。最後にニスを塗り、金色で装飾して仕上げます。
歴史と背景
• 製造の始まり: 玉島でだるまが作られるようになったのは戦後からで、高崎だるまを手本に改良されて現在の形になりました。かつては複数の製造業者がいましたが、現在では「玉島だるま虎製造所」が唯一の製造元となっています。
• 生産量: 現在でも年間1万個以上が生産され、西日本でも有数のだるま製造地として知られています。
絵付け体験
• 体験活動: 地元イベントなどでは、子供たちが自分でだるまの絵付けを楽しむ体験コーナーが設けられることがあります。この活動は、子供たちにだるまの魅力を伝える良い機会となっています.
姫だるま
加賀八幡起上り(石川)
加賀八幡起上りは、石川県金沢市の伝統的な郷土玩具で、縁起物として広く親しまれています。以下にその特徴と歴史を紹介します。
特徴
• デザイン: 加賀八幡起上りは、赤い産着に包まれた八幡大神(応神天皇)の姿を模した人形です。松竹梅が描かれ、女顔のかわいらしい姿が特徴です。
• 縁起物: この人形は「七転八起」の精神を象徴し、家族繁栄や健康祈願、商売繁盛などのご利益があるとされています。
歴史
• 起源: 加賀八幡起上りは、加賀に一国一社の八幡宮があった時代に、その祭神である応神天皇が赤い産着に包まれた姿を模して作られたのが始まりとされています。
• 普及: 江戸時代後期には既に存在しており、お正月の芝居や歌舞伎の最後に豆まきのように配られていました。昭和30年には年賀切手に採用され、全国的に知られるようになりました.
現在
• 製造と体験: 現在も職人によって一つ一つ手作りされており、絵付け体験も人気です。この体験は観光客や地元の人々に加賀八幡起上りの魅力を広める役割を果たしています.
法輪寺(だるま寺)の姫だるま(京都)
京都はさすがの文化の集積地。他にもいろいろなだるまがあります。
松山姫だるま(愛媛・松山)
松山姫だるまは、愛媛県松山市の伝統的な郷土玩具で、神功皇后に由来する縁起物として知られています。以下にその特徴と歴史を紹介します。
特徴
• デザイン: 姫だるまは、ふっくらとしたシルエットが特徴で、神功皇后がモデルとされています。これは、彼女が道後温泉で湯浴みをし、後に応神天皇を懐妊したという伝説に基づいています。
• 種類: 姫だるまには張り子や木彫り、金襴(きんらん)などの種類があります。金襴姫だるまは特に華やかで、贈り物として重宝されています。
歴史
• 起源: 姫だるまの起源は明確ではありませんが、道後温泉に関する伝承から江戸時代には既に作られていたと考えられています。
• 製造と普及: 明治時代には伊予市で考案され、椿祭りなどで売られるようになりました。1950年代には金襴姫だるまが登場し、多くの女性が制作に携わりました。
現在
• 文化的意義: 姫だるまは安産祈願や結婚、新築祝いなどの縁起物として親しまれています。また、愛媛県の伝統的特産品として認定されています。
• 保存活動: 松山市ではNPO法人「姫だるまプロジェクト」が活動しており、この伝統工芸品を後世に残すための努力が続けられています.
竹田姫だるま(大分・竹田)
竹田姫だるまは、大分県竹田市で作られる伝統的な縁起物で、特に「姫だるま」として知られています。以下にその特徴と歴史を紹介します。
特徴
• デザイン: 姫だるまは、穏やかで優しい微笑みを浮かべた女性の姿を模しており、松竹梅の模様や宝珠が描かれています。これは家庭円満や商売繁盛を祈願する縁起物として親しまれています。
• 製造工程: 16もの工程を経て作られる姫だるまは、江戸時代から変わらない製法で、手作業によって一つ一つ丁寧に作られています。胡粉を使った白肌の光沢が特徴で、完成までに1週間以上かかることもあります.
歴史
• 起源: 姫だるまのルーツは約400年前の旧岡藩時代に遡ります。当時、下級武士の内職として作られていた「起き上がり」がその始まりです。モデルとなったのは、下級武士の妻・綾女(あやじょ)さんで、彼女の精神がだるまに込められています.
• 復興: 戦時中に一度途絶えましたが、昭和27年(1952年)に後藤恒人さんが復興しました。以降、後藤家によってその技術と伝統が受け継がれています.
現在
• 人気と販売: 現在でも非常に人気があり、予約は数年待ちになることもあります。ネット販売は行っておらず、直接工房を訪れることで購入できる場合もあります.
• 文化的意義: 姫だるまは地域の文化財として大切にされており、町おこしにも貢献しています。また、お土産としても人気があります.